十五夜の次は十三夜
——10月27日は十三夜です—

●中国から伝来した十五夜
 十五夜は奈良時代に中国から伝わった風習。宮中では菊の花が咲く時期なので「菊花の宴」と呼び、臣下が天皇に詩歌を献上して天皇の長寿を祝いました。平安時代には正式な行事となり、菊酒と干魚で大宴会が催されました。そして、豪華な引き出物をいただいたそうです。
 厄除け効果を期待した菊ですが、江戸時代になると菊の部分だけが特化され、観賞用として栽培されるようになりました。江戸時代には園芸技術が格段に進歩し、桜も菊も新種が作られました。新花を持ち寄って優劣を競う「菊合わせ」が催され、桜も鴨、染井、駒込あたりは菊の名所として多くの見物客を集めました。

●日本独特の風習、十三夜
一方、十三夜は日本独特の風習のようです。旧暦の8月15日頃は台風の襲来が多い季節で、満月を見ることが少なく、旧暦9月の13日にスッキリ晴れた空に現れる十三夜を愛でたのでしょう。
どうして満月の十五夜ではなく十三夜の月を愛でたのでしょうか。
諸説はありそうですが、後醍醐天皇が十三日に当たる日にお月見をしたのだとか。平安時代に書かれた『中右記(ちゅううき)』に書かれているそうです。

●片見月は縁起が悪い?
 十五夜と十三夜のどちらかしか月見をしないことを“片見月”とか“方月見”といわれ、縁起が悪いとされていました。
 十五夜と十三夜を合わせて“二夜の月(ふたよのつき)”と呼ばれ、十五夜の次に美しいとされる十三夜の月見もするのが良いということです。

●月の満ち欠けで日にちを判断した日本人
 騎馬民族のヨーロッパでは、星を頼りに位置を判断していました。そこで、“星占い”が発達したのですね。
 一方、農耕民族の日本人は、月の満ち欠けで日にちを判断しました。新月から始まり、月が籠ってしまう30日は“つごもり”。一年の最後の30日は“おおつごもり”というわけです。
 昔は米粉でお団子を作って月にお供えし、翌日はみたらし団子や、餡団子にして食べましたが、今では餡入りのお団子がお菓子屋さんで売っていますね。